本文へジャンプ
  

くにゃら さん ご紹介


===私の現状データ===
  <傷病名:交通事故による頸髄損傷=C5>

  <身体障害者手帳:1種1級>
   =頸髄損傷による四肢機能障害:上肢下肢不自由

  *頭のほうはまったく問題ありません(笑)。



<自己紹介> =身体障害者となるに至った経緯

元気だった頃は、世界中を飛び回るビジネスマンでした^^。

それが・・・、

結婚して僅か数年のこと、某大手企業の海外駐在員時代に現地で交通事故(車の横転事故)に巻き込まれ、首の骨を折って重態となり死にかけました。
仕事のための移動中の事故だったので業務災害と認定されました。

事故直後に担ぎ込まれた小さな町の病院では、たいしたケガではないように言われたのですが、体全身の感覚がなく、首が異常に痛かったので
自覚症状をドクターに必死に説明。それでようやく精密検査をしていただき、その結果、至急大病院に搬送しなければ危険ということが判明しました。

いま思うと現地語に不自由が無かったおかげで自分の命を救うことができました。外国語を学ぶことはとても重要なことだと実感しています(^^。

案の定、事故の翌朝に救急車で大病院に搬送された直後に意識不明になり、1回目の手術。

目が覚めたらICUのベッドに寝てました。いろんな機械器具がいっぱい付いていて驚き。当時、たまたま他の外国に居た妻はもちろん、日本からは
両親や弟まで現地に飛んできてまたまた驚き。おそらくは危篤だったからお別れを言いに来たのでしょう。

ICUでは長い間、たびたび呼吸困難に陥り苦しみました。事故直後から最初の数週間は特に地獄でした。
今度死ぬときは即死とかでラクに死にたいもんです(笑)。

現地の病院はドクターも看護婦さんも楽しい人ばかりで救われました。報道関係の記者の人や教会の方々の来訪も賑やかで唯一楽しい思い出です。
仕事関係だけではなく、地元の有力者や街の人々も連日大勢お見舞いに来てくださいました。

地方都市の病院だったこともあって、ちょっとした人気者(?)気分にさせてくれました。
当時、私はその国のTVやラジオにも出演したりしていましたので、顔を見知って訪ねてきてくれた方もいたようです。

個室の一人部屋でしたが、看護婦さんが24時間ベッドサイドに就いていてくれていました。そういうシステムだったのか、それだけ私が重症だった為なのかは分かりません。

私は痛みで全然寝られなかったのですが、ベッドサイドで待機している看護婦さんとお話しするのが楽しみでした。
ただ、疲れでウトウトしている看護婦さんの姿を見たときは申し訳ない気持ちになりましたけど。ホント、色々とご迷惑をおかけしたもんです。

で、現地で2回の手術をし約2ヶ月の入院後、ベッドごと飛行機で日本に搬送され、さらに2回ほどの手術を受けて1年以上の入院生活・・・。

最初の6〜7ヶ月はハローベストという器具を付けられ、身動きできませんでした。もっとも動きたくても神経麻痺で首から下の全身に感覚が無く、ぴくりとも動きませんでしたけど。

このハローベストというのは、体と頭を固定する器具で、なんと頭のほうには頭蓋骨に直接ネジ止めするんですよね。よく考えると恐ろしい器具です。
今も頭の周囲にネジの跡が4ヶ所残ってます。

残っているといえば、首の骨を金属プレート(多分チタン)で固定しているので、レントゲン写真撮ると、7本のネジで留められたプレートがはっきり写ってて誇らしいです(^^。

リハビリもまた大変な思いをしました。
頭を少しでも起こすと、起立性低血圧で失神状態になるんです。それを克服するまで数ヶ月かかりました。

座れるようになったときは嬉しかったな・・・。
その後、車椅子にも座れるようになりました。
家族も毎日のように病院に通ってくれ、リハビリが無い休日にも自主トレしてましたね。やりすぎて看護婦さんに叱られたこともありました。それほど必死に頑張ってたということですね。

そんなこんなで何とか一命は取り留めましたが、計1年以上に及ぶ入院生活と数回にわたる手術、さらに1年間の自宅療養の末、不自由な体でしたがとりあえず職場に復帰しました。

しかし事故の後遺症は重く、身体障害者となってしまいました。

入院中は日本の医師に「一生寝たきり」と宣告されていたのですが、リハビリの成果か、神様のおかげか、奇跡的に起き上がることができるようになりました。

復職後も休職や入院を繰り返し、その後いろいろあって、結局、事故当時の会社を退職し、転職したもののやはり体調が思わしくなく、日々の健康管理に苦労しております。

振り返ると自分でも壮絶な人生を歩んできていると思います(笑)。
本一冊ぐらいは簡単に書けそうですが、たぶん1冊では収まりきれません(^^;。

毎日ガムシャラにもがきながらも、皆様のおかげで、現在に至るまでどうやら生かされております。

こうして過去のことを書いていると、ドクター、看護師さん、理学療法士、作業療法士、仕事関係者、友人、もちろん家族、その他書ききれないほど多くの人の
ご尽力によって今日の私があることに改めて気付かされます。

今後、ご恩返しも兼ねて、少しでも皆様のお役に立てるよう精進していきたいと考えている今日この頃です。

思えば身体障害者歴も長くなりました。
私で分かる範囲であればご相談にもお答えいたしますので、ご質問等もお気軽にどうぞ!

それと、日記に事故前後およびその後の生活の回顧録のようなものを書き始めておりますが、現在のところ、途中で止まっちゃってます。もう古い昔の経験ですが、
よかったら読んでやってください。

それと障害者向けのお役立ち情報なども載せて行きます。何かのお役に立てれば幸いです。


よろしくお願いします。


PS) 「くにゃら」というのは小学校時代のニックネームです。